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韓国ミュージカル『女神様が見ている』の中国語版『女神在看』上海で上演~匿名化された反戦のミュージカル

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韓国ミュージカル『女神様が見ている』の中国語版『女神在看』が上海人民大舞台で上演されました。
『女神様が見ている』は韓国で2013年に初演を迎えて以来何度も再演されている人気作で、最近ソウルで10周年記念公演も行われました。
この作品は2014年に韓国人キャストによる来日公演が行われたことがあります(世田谷パブリックシアター公演)。日本にもファンが多いKPOPグループ「SuperJunior」のリョウクがキャストとして来日したことは、当時かなり話題になりました。また、現在ドラマや映画で活躍している俳優チョン・ソンウが本作の初演キャストとして重要な役を演じています。

韓国ミュージカル『女神様が見ている/여신님이 보고 계셔』 中国版タイトル『女神在看』 
会場:上海人民大舞台 上演期間:2023年6月9日~7月2日(全30公演) 上演時間:約120分 中国制作会社:睿魚文化
キャスト:宗俊涛、鍾舜傲、施哲明、趙偉剛、高楊、夏陽など。主に中劇場クラスの作品で活躍している俳優がキャスティングされています。






中国語版『女神様が見ている』は韓国初演からちょうど10周年にあたる2023年に上演されましたが、中国では特にそのことには触れられていません。そもそも、オリジナルが韓国ミュージカルであるということもあまり表には出していません。
作品クレジットにはもちろん韓国オリジナル版の制作陣(脚本:ハン・ジョンソク、演出:パク・ソヨン、作曲:イ・ソンヨン)の記載があるほか、上海公演に携わる韓国側のスタッフと中国側のスタッフの名前が列記されています。オタクはこの作品の原版が韓国ミュージカルであることを知っています。ですが、ポスターなど目立つところに韓国ミュージカルがオリジナルであることが表記されているわけではないので、誰かに誘われて観に来ているような観客は、韓国ミュージカルの中国語版であることを知らずに観ているのではと思います。

『女神様が見ている』は6人の兵士と1人の”女神様”から構成されるミュージカルです。歌よりも芝居に重点が置かれていますが、楽曲も素晴らしい作品です。

~韓国原版のあらすじ~
1952年、朝鮮戦争中の釜山港。南側(韓国)の兵士2名が北側(北朝鮮)の捕虜4名を輸送するよう命じられる。ところが彼らが乗った船が難破し、6人は無人島に流れ着く。気付いたときには両者の立場が逆転し、北側の兵士が南側の兵士を拘束する立場になる。船を修理できるのは北側の若い兵士1人だけ。しかしその兵士は精神が不安定になっておりまともに仕事ができる状態ではない。ところが南側の兵士が「この無人島には女神さまがいて俺たちを見ている」と話したことをきっかけに、女神さまの教えに従い船の修理作業に励むようになる。南北の兵士たちは一丸となって無人島に「女神さま」が存在するかのように振る舞うことになり、奇妙な協力生活が始まる・・・。

原版は1952年の釜山港、陸軍本部から物語が始まり、セリフの中にも朝鮮戦争中であることが明確に表されています。
しかし、中国版では朝鮮戦争が舞台であることにはまったく触れられておらず、架空の国同士の架空の戦争の物語に書き換えられています。
中国版の設定では、朝鮮戦争に参戦する南北の兵士たちではなく、「藍海帝国」とその敵国「藍天連邦国」との間の戦争という設定になっています。
「藍海帝国」という国名は「ブルーオーシャン帝国」、「藍天連邦国」は「ブルースカイ連邦国」といったところで、リリカルで匿名性の高い名称となっており、世界のどのあたりの国をモデルとしているかも特定できません。
また、具体的な時代や時期を示す情報もありません。
登場人物は稲妻、サソリ、石ころといったあだ名或いはコードネームで呼ばれており、役名から背景を特定することもできません。

~中国版の役名~
韓国軍:
ヨンボム→稲妻(闪电)
ソック→砲弾(炮弹)

北朝鮮人民軍:
チャンソプ→サソリ(蝎子)
スンホ→石ころ(石头)
ドンヒョン→狼(野狼)
ジュファ→スプーン(勺子)

女神様→女神

中国版では朝鮮戦争が舞台であることはきれいにぼかされていますが、そのかわり、楽曲、物語の展開、衣装、セット等はほぼ原版どおりです。
ただ、書き換えが行われたことで、物語の意図が伝わりにくくなっている部分もあります。
たとえば、北朝鮮の兵士の一人ドンヒョン(中国版ではオオカミ)のエピソードです。
ドンヒョンはある程度の地位まで昇進している兵士です。
韓国原版でのドンヒョンは、自身が北朝鮮の兵士として従軍しているのに、父親たちが南側に逃げてしまったという苦しみを抱えています。
中国版では「朝鮮戦争」という背景が取り除かれているので、父親はもうすぐそこが戦場になるので家族を連れて”国外”に逃げてしまった、ということにされています。
韓国原版の場合は、北側に住んでいたドンヒョンの家族が南側つまり韓国を目指して逃げた、と明確に表現されています。それは、「敵側」に「逃げる」ことになるのです。朝鮮戦争特有の近しい者同士の分裂がリアルに描かれています。

ドンヒョンは最後には自分の意思で南側の兵士についくことを選びます。
中国版では「戦争中に家族が国外に逃げる」となっていますが、観客からすると、戦火を逃れるために国外に行くこと自体がそれほど特殊で悪いことのようには思えません。また、オオカミ(ドンヒョン)が最後に家族のために敵側の兵士についていくという展開もやや違和感があります。敵側の国に行くことは、家族が逃げた「国外」には繋がらないからです。

とはいえ、舞台が朝鮮戦争のままでは中国で上演することは非常に難しいです。
韓国人以外が朝鮮戦争の兵士を演じることには違和感があるし、それでなくても中国は共産主義国として北側(北朝鮮)を支援する形で南側(韓国・アメリカ)と戦い、膨大な戦死者を出したという北側の当事者です。戦争の表現は政治に繋がるのでリスクがあります。中国で商業ミュージカルとして上演するためには、「朝鮮戦争」という要素を消すのは致し方ないことだと思います。
なお、中国版では北側の兵士の愛国心がやや強調されており、観る側にとっては、どちらかというと北側に自らを重ねやすい脚色になっていると思います。

『女神様が見ている』はもともとコミカルな場面も多い作品です。
中国版は背景がぼかされたため、戦争の恐ろしさや緊張感がやや弱まっています。その反動でコミカルな部分がより目立つようになり、全体的に反戦をテーマとしたハートフルなミュージカルとなっています。

上海では1ヶ月に渡って全30公演ありましたが、1000席の劇場はオーバーキャパシティでした。
平日でも劇場に来る個別の俳優ファンのリピーター客は、コミカルなシーンでの俳優同士のアドリブを期待するので、余計にコメディの比重が高まったように思います。



戦争に関する部分が匿名化され架空の設定が加えられたことで、韓国原版が持つ戦争に対する姿勢や人の生き方に込められたメッセージはダイレクトには読み取れなくなっています。
ですが、『女神様が見ている』という作品を韓国以外の国でも上演可能な形に変えることには成功しています。中国版のシナリオをもとにすれば、日本人キャストで上演してもおかしくないと思います。
上海ミュージカル界は中劇場に立てる俳優陣が豊富で、全役トリプルキャスト、ダブルキャストで配役されましたが、どの俳優も歌、芝居、ビジュアルともに高いパフォーマンスを見せています。
とにかく楽曲と歌詞が素晴らしく、原版のしっかりとした話の枠組みと巧みな場面転換、そこに中国人俳優の安定した歌唱力とビジュアルが掛け合わされ、すべてのキャストで観てみたいと思わせる作品に仕上がっています。


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